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12人の怒れる男

同名のハリウッド映画を現代ロシアに置き換えた作品。しかし、この作品は現代ロシアの置かれている現状を内部告発した映画に思えてしまう。

12人の怒れる男:ロシアの抱える問題を告発する名作

12人の怒れる男
2008年度アカデミー外国語映画賞ノミネート作品の『12人の怒れる男』

元になったハリウッド映画の方は見ていないので、見当違いの感想となってしまっても許してもらいたい。以下、ネタバレあり。
私は、この映画は犯罪の真実に迫る様々な過去を持つ陪審員達の群像劇として見ても非常に良くできた作品だと思うが、現代のモスクワに住む人達のチェチェンに対する厳しい見方と、社会主義から一気に資本主義に突入したロシアの歪んだ現実を垣間見ることができる貴重な作品として注目した。

チェチェン共和国は面積でロシア連邦の0.1%、人口比でも0.7%しか占めていない小国であるが、その存在はロシア連邦にとってはのどに刺さった魚の小骨のように苛立たしいものである。
現実にこの映画のような事件が起きたら、ものの10分ほどで青年の運命は決まっていただろう。
最初に無実を主張した陪審員1でさえその理由が『人の運命を決めるのに挙手だけで良いのか?』という至極真っ当な意見ではあったが、実際には裁判で提出された証拠品に疑問を持っていたにもかかわらず、再度投票して自分一人しか無罪がいなければ有罪に同意するというなんとも無責任な態度だったからだ。
疑り深いユダヤ人の陪審員4がいなければまさにそのようになっていただろう。だがこの陪審員4も無罪の主張というより『もうちょっと話そうではないか』的な問いかけをしたにすぎない。
チェチェン人以外にとってこの事件はチェチェンの粗暴なガキが犯人と決まっており、今更真剣に話し合う必要などないものであったと言う事だ。

だが、結局この2度目の採決がきっかけとなり、数十分で終わるはずの評議会は数時間になり、事件の真相が明らかになりチェチェンの青年は無罪となる。しかし、残された問題は大きい。
12人の陪審員のうち、最初からチェチェン人青年が冤罪ででっち上げられた犯人だと直感的に気づいていたのが元将校で陪審員長をかってでた陪審員2であったが、彼は青年を長生きさせたいがために有罪を主張していた。事件の性格から、無罪で釈放された場合、口封じのため抹殺されるのが目に見えていたからだ。
彼は12人の陪審員のなかで唯一自分の過去について多くを語っていない。しかし、将校として幾度かの戦闘を経験していたのだろう、他の陪審員よりチェチェンが置かれた現状を知っていた。その何かが自分の過去を語る事をためらい、苦悶の表情の末無罪に同意する。
それが青年の未来に自分が関わらなければならなくなり、退役後の趣味の絵を描く生活にはもう戻れなくなる事を意味するからだ。彼こそが最初からチェチェンの青年の事を案じていたのかもしれない。

深読みすればこの映画の監督ニキータ・ミハルコフは、すでに古典と言っても良い名作を現代のロシアに復活させる事により自らの国を内部告発しようとしたかに見える。
日本から見るとチェチェンは遥か地球の裏側だ。最近ロシアの軍事介入が話題となったグルジアとも接している。何かが起きないと伺い知ることができない地域だ。
この映画は時期的に日本でも来年から裁判員制度が導入されることもあり、そちらの方面とリンクした批評もあるだろうが、監督はあえてチェチェンの青年を救う物語を通じて現代のロシア社会を批判したのだと思う。

2008年10月6日(月):札幌劇場スクリーン5

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