インセプション、究極の洗脳か脳内逃避か

夢の中を映像化した新しい発想の作品だ。
今まで夢を描いた作品はたくさんあるが、インセプションはその夢を人為的に作り上げ、複数の人間でシェアする発想が新しいと感じた。
ストーリーは予告編やTV-CMで盛んに流されていた『頭の中からアイデアを盗む』のではなく、『考え方を変えるためのきっかけを植え付ける』がメインだ。どうして本編と異なってしまったのか分らないが、ストーリーとしては面白い。
要するに夢を見ている間に潜在意識に入り込み、洗脳してしまうという事だ。
それを実現するためにターゲットを眠らせ、目的に都合の良いように構築した夢の世界を見せて、ターゲットの考え方の根幹の自意識とでもいうべき自我?を操作するのだ。
このやり方が拷問を使うのであれば未来世紀ブラジルでも行っている。夢が二重三重に重なり合っているのも似ている。
夢の中で夢を見て、さらに夢を見る、この複雑さを映像化したところがこの作品の一番の見所であり、脚本の面白さだと思う。
そのため時間軸も二重三重に重なり、見ていてものすごい緊張感を強いられる。
この文章を書いていながらふと思ったが、この作品が3D作品だったらアバターに次ぐ問題作になったのではないだろうか。
おそらく、画像の3D酔いとストーリーの複雑さで気分の悪くなる観客が出たのではないかと思う。
映像的には大掛かりなセットを使った衝撃的なシーンが満載で、ある意味なんでもありの夢の中を巧みに表現している。ぐるぐると回転するホテル内部のシーンなどはなかなかの力技だ。
問題は夢の中に入り込んでいる時、そこから脱出する方法だ。
入り込む夢のレベルが浅い場合は夢の中で死ぬことによって現実世界に戻れるが、相手の自意識を操作するような深いレベルの夢の中ではその方法が使えず、下手に死んでしまうとその夢の世界に取り込まれてしまう危険がある点だ。
いったん夢に取り込まれてしまうと、その世界がリアルな現実世界か、夢の中の世界か本人には判断できない。
夢の中から現実世界に戻る方法と、本当に現実世界に戻ったのかを確かめる方法は、映画の中で示されているが、その確認方法がいかにもチープで単純で、どうにも心もとなく感じてしまう。
インセプションのラストでは、任務をなんとか終えて現実世界に戻ったかに見えるが、最後のシーンで大きな?が出てくる。
まあ、これこそがこの映画の表現したかったところなのだろうが、はっきりとした事は何も明らかにならずに終わってしまう。
すべてはレオナルド・ディカプリオが妻と行った実験が未だに続いていて、夢にとらわれた男の脳内逃避なのだろうか確かめるすべはない。そこが面白いのかもしれない。
2010年8月9日(月)ユナイテッド・シネマ札幌スクリーン1




