キャピタリズム、副題は瀕死の民主主義か?

資本主義(キャピタリズム)は民主主義を押しつぶしてしまうのか?
いまや世界の多くの国が取り入れている(取り込まれていると言った方がよいかも)資本主義であるが、その経済システムを最大限活用しているのはやはりアメリカであろう。
確かにお金という側面からだけ見れば、アメリカは最も成功した国といえる。財政赤字になろうが、銀行が破綻しようが、とにかくこの資本主義という側面だけを捉えるなら、他国のレベルはまだまだアメリカにはかなわない。
しかし、その一方で極度の経済格差は、もう何年も前から報じられているし、サブプライム・ローンから始まった経済危機で経済弱者はもろにその影響をかぶってしまった。
映画では銀行への返済が滞ってしまった住民を、警察が自宅から追い出すシーンが出てくる。
市民の安全を守るはずの警察が、銀行の言いなりになり、強制退去させるのだ。
中に住民がいる事がわかっているのに、ドアを無理やりこじ開け、有無を言わさず追い出す。
別なところでは、退去の際に1000ドルを住民に払い、土地と家を全て取り上げる。家は空っぽにして引き渡さなければならない。家主は「銃を乱射する人間の気持ちがわかる」と言う。
警察の言い分は「仕事だから仕方ない」だ。何ともやりきれないシーンだ。
家具工場では、経営不振で工場が閉鎖され、従業員が職を失ってしまう。要するに経営の失敗を従業員が背負わされるのだ。なぜ、経営者が責任を取らず、従業員が不利益を被るのか。
結局、カネが全てで、貸した側の銀行はどんな手を使ってでも資金を回収しようとし、経営者はそのために躊躇無く工場を手放してしまう。
そこには今まで働いてきた従業員への気遣いなどは無い。全てがカネを中心に動いている。
政府の中枢に目を向けると、歴代の財務長官は多くがゴールドマン・サックスなどの金融企業出身者が務めている。
彼らの狙いは、いかにして経済を上向かせ、企業の上げた収益を従業員(国民)に還元する事ではなく、銀行に吸い上げるかだ。
そんな財務長官らが出した景気回復のための公的資金注入だ。税金の行き先は結局めぐりめぐって銀行に行くことになるのだ。
結局アメリカの今の資本主義とは、文字通りカネ中心主義だ。その金はどこにあるかというと1%の富裕層に集中している。
確かに、市場原理を無視した計画経済はほとんど全て失敗した。しかし、現在の資本主義はあまりにも利益至上主義となり、経営者や、銀行などには都合の良いシステムとなったが、一般の国民にとってはほとんど恩恵がないように見える。
その極端な一例が従業員に企業がかける保険だろう。
本人の知らぬ間に保険がかけられ、受取人は企業だ。従業員は死ぬ事により会社へ保険金という貢献をすることになる。
マイケル・ムーア監督は、アメリカの資本主義のあり方を強烈に批判するが、それに替わるシステムは提示していない。
映画では資本主義と民主主義を対比して描いているが、ちょっと違う気がする。
根本にあるのは人間の底なしの欲望だ。アメリカではそれが極端に過剰な消費文化に表れている。そこのところをなんとか変えていかないと、いつまでも今のようなカネ中心の資本主義がまかり通ると感じた。
2010年1月18日(月):札幌劇場スクリーン3




