あらためて戦争の愚を考えさせられたセントアンナの奇跡

この奇跡は良かったのだろうか
考えさせられる作品だ。
タイトルの『セントアンナの奇跡』とはいったい何を指しているのだろうか。
セントアンナの大虐殺をかろうじて生き延びることができたアンジェロ少年の事だろうか、それとも彼によりほんの一時であれ人種差別から解放された兵士の事であろうか、あるいは結果的にセントアンナの大虐殺を手引きをした裏切りパルチザン、ロドルフォとヘクターが偶然にも出会ってしまった事だろうか。
セントアンナの大虐殺から逃げて生き延びることができたアンジェロ少年は、その後の人生で大成功を納めるが、その心には大きな傷を負ったはずだ。
愚然にも訪れたイタリアの寒村で、ほんの一時人種差別から解放された黒人兵であるが、その結果は多くの村民が殺され、黒人兵もヘクターを除き殺されてしまった。一人生き残ったヘクターのその後の人生はやるせない思いであっただろう。
自らの仲間を裏切ったために生き延びることができたロドルフォだったが、ヘクターに射殺されるまでの人生は幸せであったのだろうか。
どのような偶然の結果であったとしても『奇跡』という、その先に希望を感じられる言葉の響きからはほど遠い現実が描かれている。
結局、戦争が無ければ人はあのように殺される事は無かったのだ。
個々をみると、戦争シーンや人種差別、各人の描き方などすばらしい出来であったが、どうにも理解しにくい映画だ。肝心の『セントアンナの奇跡』がなにを意味しているのかがはっきりしない。
第二次大戦のイタリアの寒村を舞台にした映画という事以外、訴えたい事が満載で、見終わった後どうにも混乱してしまう。
ちょっと構成が判りにくく、残念な映画だ。
もっとストレートに第二次大戦当時の人種差別問題を描いた方が良かったのではないかと思う。
なんと行ってもアメリカで法の上で人種差別が撤廃されたのは、1964年7月2日に公民権法が制定されてからなのだから。
スパイク・リー監督作品は『インサイド・マン』を見たことがあるが、斬新な映画という印象は残ったが、何を主張したいのかよくわからなかった。『マルコムX』
は歴史の出来事であるので違うかもしれないが見ていない。
このあたりの作風がスパイク・リーだとするならば、かなり損をしているのではないだろうか。
もう少し簡潔に描いてくれれば良かったと思う。
2009年8月3日(月):札幌劇場スクリーン3




