東京裁判
1983年公開の小林正樹監督「東京裁判」は端的にいえば満州事変から太平洋戦争までの戦争責任について、マッカーサー元帥が発令した極東国際軍事裁判所条例に基づき「平和に対する罪」でその当時の日本の為政者(A級戦犯)を裁く過程をアメリカの記録フィルムを用い作成したドキュメンタリーである。
戦争というものを裁けるのか?
裁判であるので当然ながら被告人側には弁護人が付く。
東京裁判はアメリカ占領下に行われた裁判であるため、裁判の進行は当然アメリカ式となるが、裁判の冒頭で「管轄権」について最初に争われる場面がある。この管轄権がこの裁判所に無いとすると東京裁判そのものが成立しなくなるので、最初からそのような事には絶対にならないのであるが、なんと弁護団の一人であるアメリカのブレークニー弁護人が広島、長崎に原爆を投下し一般市民数十万人を死傷させた行為を指揮した最高指導者(アメリカ大統領)を例に出し、裁判の管轄権が無いと反論したのである。
戦争の責任について勝者が敗者を裁くという不条理さを真っ向から突いた発言であった。
この裁判後、世界は良い方に変化したのであろうか?
東京裁判は満州事変以降の17年間の戦争犯罪について裁いた裁判であるが、この裁判後、戦争はなくなったのであろうか?または世界の指導者たちに戦争というものに対する意識の変化があったのであろうか?
戦争があり、その都度戦争責任を問うのであればそれはあまりにもむなしいと言えないであろうか?
「平和に対する罪」を裁くために開かれた東京裁判であるが、世界の今を見回してみると残念ながら何の教訓も残していないように見える。




